「地獄の熱湯風呂から愛を込めて」
皆さん初めまして。新郎の父です。
今日は私の小さな一人息子、海斗の話をさせてください。海斗は、一言で言うと「やんちゃ」そのものでした。
私が大好きな天国のママに顔も性格もそっくりの、やんちゃ小僧です。
海斗が小学校にあがったばかりのころ、私に「逆上がりを覚えたい」と頼み込んできました。
とはいえ私もそのときは40過ぎ、当然逆上がりなどできるわけもなかったのですが、たまにはカッコいいお父さんを見せつけてやろうと、「よし教えてやる!」と見栄を張った結果、偶然、地球の重力が一瞬おかしくなったのか、なぜか大けがをしました。医者には運動不足だと言われましたが、あれはきっと重力のせいです。
しかし私は能天気なものでして、そんなことはすっかり忘れていました。
海斗が中学にあがると、いわゆる思春期というやつでしょうか?私と話すのが恥ずかしいのか、あまり顔を見せてくれなくなりました。まぁ私は夜な夜な海斗の部屋に侵入しては、寝顔を盗撮しまくっていました。
海斗は、バスケ部ではキャプテンを務め、成績も常に上位、慢心することなく何事にも一生懸命すぎるくらい取り組む立派な男に育っていきました。
ですが、真面目一徹の彼です。理想の高さ故の苦悩もあったでしょう。海斗はあるときから友達をあまりに家につれてこなくなりました。きっと、私の知らないところで多くの経験を経て、大きく傷つき、多くを学び、立派に成長したのだと思います。
そんな海斗の父である私はと言いますと、それはもう大層テキトーな男でして、仕事はそれなりに頑張っていましたが、休みの日は一日中酒を飲み、遊び呆けて、お酒が好きすぎるあまり、家でウイスキーを再蒸留してたら、それがなんと密造にあたるらしく、捕まりかけたこともあるくらい、おおよそ立派な父とは呼べない男でした。
賢い海斗が「それは密造だよ」と教えてくれなかったら私は危うく捕まるところでした。振り返れば振り返るほど父としての威厳は皆無です。
海斗が高校に上がってすぐ、私が鉄棒で大けがをした日のことを話してくれました。
そして海斗は私に自分のバイト代で買ったネクタイをプレゼントし、「ごめんなさい」と謝ってきました。
私自身は、当時のことなど彼に言われるまで覚えてもいませんでした が、息子にとっては「自分のせいで父を怪我させてしまった」という記憶として刻まれていたようです。父として大変反省したのを覚えています。ちなみにそのネクタイの裏にはセールで500円になった値札が引っ付いていました。海斗は間違いなく私の息子だと嬉しくなりました。
そんな彼は私など、とうに超えて、難関大学に進学し、一流企業である大津製薬様に内定を頂きました。海斗はつい先日、「お父さんの何倍も立派な先輩や上司に囲まれて、やりがいのある仕事をしている」と自慢してくれました。内心、大津製薬どんなもんじゃい。と思いましたが、私が普段愛用しているウコン薬の背面を見たら「大津製薬」と書いてあったので、こっそり土下座をしました。
海斗は忙しく目の回る日々を過ごす中で、素敵なパートナーである”そらさん”と出会い、絆を育て、大変めでたく、今日に至ります。
この手紙が読まれているということは、私はこの場には同席できなかったということです。それは大変心苦しいことではありますが、今日は祝いの席。悲しい話はナシにしましょう。
念のために補足すると父である私はガンになっちまって、おっちんじまったんです。おっちんちん(海斗へ、ここは読まなくてもいい。雰囲気でいけそうならいけ)
そらさんへ
大変よくできた息子ではありますが、いかんせんしなりがなく、硬い男です。あなたはきっと気付いているでしょうが、彼は大変不器用です。どうか優しく見守ってやってください。そして、彼を支えてくれて、これからも支えようと誓ってくれて本当にありがとうございます。私は貴方のおかげでなんの心配もなくこの世を去ることができます。
他の誰が認めなくても、俺は貴方たちの結婚を誰よりも誇らしく思います。
海斗へ
おい、お前はどうせマリッジブルー?ってやつにでも陥っているんだろう。緊張でガチガチになって、この手紙を読む手も震えているんだろう。
会場の皆さんが笑って、お前だけがまだガチガチで、涙をこらえるのに精一杯なんだろう。
聞いたぞ。プロポーズだってそらさんを散々待たせたらしいな。
どうせ、「そらさんを幸せにできるだろうか?」とか、「子供を迎えたときに立派に育てられるだろうか?」とか、そんなことばかり考えて、一歩踏み出せなかったんだろう。
いいか?俺はいい男ではなかったが、ママにYESをもらえたのは完璧だったからじゃない。「これから一緒に並んで歩きたい」と言えたからだ。
いいか?俺はいい父ではなかったが、良い家族を持った。
お前もいい家族を持ちたいなら、俺のように少しはテキトーに生きろ。ひとりで全部抱えるな。
おい、隣を見てみろ。そらさんはきっと笑ってるぞ。お前がどうせメソメソして、そらさんは素敵な服を着て素敵に大爆笑しているだろう。
わかったか?どれだけかっこつけたって、どれだけ強がったって、そらさんには敵わないんだ。それは太古の昔から決まっていることなんだ。お前の隣にいるのは、とっても強く美しい人だ。だから、たまには思いっきり甘えなさい。
改めて、結婚おめでとう。最後に、会場の皆様へ
本日は私の可愛い息子とその伴侶のためにご足労いただき、誠にありがとうございます。
不束者ではありますが、私が見られない分まで、どうか彼らのことをよろしくお願いいたします。
こんなことすら他人任せですから、私はどうやら天国ではなく地獄行きのようです。
しかし、地獄には私の大好きな熱湯風呂があるらしいので、そこで整って待っております。
もし地獄へお越しの際は、一杯おごらせてください。
それでは、大変、"慰霊" ではありますが、以上をもちましてお祝いの言葉と代えさせていただきます。
新郎の父 岩下優斗
追伸
ここから先は海斗、お前だけが読め。
このお祝いの手紙という名の遺書、いい匂いするだろう。これはママが俺のことを初めて抱きしめてくれた時に着けていたK1っていう大事な香水だ。
何を隠そう俺もママに出会う前はそれはもう根暗な男だった。でもママに出会ってどうしてもこの人と一緒になりたいと思ったんだ。うじうじしてた俺は告白の一つするのにも5年もかかった。だけどママは待ってくれたんだ。そして夜景が見える場所で、この香水をつけて、告白したんだ。
その時ママと約束したんだ。この香水は俺の人生にとって一番大事な場面で、一歩踏み出す勇気をくれた香水だから、いつか息子にも託そう。と。
だから本当は、海斗がそらさんにプロポーズする前に贈るはずだったんだ。
とはいえ、俺はうっかりすっかりそんなこと忘れていた。だからすまんが今渡す。どうせお前は涙で顔がぐしゃぐしゃだろう。ピシッとしろ。今日は一生に一度の晴れ舞台だぞ。便所にでもいって、顔を拭いて、このK1って香水をつけろ。
これはお前が、一歩踏み出すための香りだ。
